褒めて欲しいが大人は怒られる事が多い でも子供時代には戻りたくない

生き方

 

小さな時はなんだって褒めてもらえた

今回はお金?でもないですが新しくカテゴリーを作るのもどうかと思いまして「生活一般」ということで「お金」くくりにさせて頂きました。

 

ただの日記みたいなものなので期待せずお願いします…大人になるという事は人からほめて貰えないことを意味する。

 

小さな赤ちゃんの時には誰もが自分の記憶には無いだろうが、「笑顔を見せるだけで」「泣き止むだけで」「ハイハイするだけで」「お座り出来る」ようになるだけで褒めてもらえた。

 

大人になった今、その程度での事で褒めて貰える人は皆無だし大人になるということは理由も無く褒めてもらえないことを意味する。

 

むしろ、上記のようなことでほめて貰っても「馬鹿にしているのか?」と思うのも大人だしね。

 

大人だって褒めて欲しい 男性も女性もね

確かに冒頭で書いたようなことでほめられてもまったく嬉しくないし、馬鹿にしていると「思っても」「思われても」当然だろう。

 

だが大人もやはり褒めて欲しいものだ。ほめて貰えると言う事は「誰かに認めてもらった」証拠なのだから。

 

先日、子供を叱ることがあった。子供もなぜ叱られたかは理解していたしその点は問題が無いと思っている。

 

だが、小さな時期よりも「ほめる事が少なくなった」と実感した。そう気付いた時に子供にすぐに伝えた。

 

子供はたくさんほめよう

「大人になると言う事は褒めて貰えないことだけど、それだけお前達も随分と大人に成長してきた証拠だな。本当にほめる事よりも叱る方が多くなってしまった。申し訳なかった」と言った。

当の子供は「え?いや自分達が悪いから…どうしたのお父さん…」と来たもんだ。すまんよ。

ほめるタイミングが難しい

大人でも青年でもある程度の年齢になれば「褒めるタイミング」も非常に難しい。あれもこれもほめていたら褒めることが意味を成さなくなる。

 

多分、会社で管理職をされている方もこの悩みは多いのでは無いだろうか?「部下を褒めろ」とは世間の誰もが言う。「ほめて伸ばせ」とも誰もが言う。

 

しかし本当は「適切なタイミングで褒めると叱る(指導する)」いわゆる「飴とムチ」の相反する現象に意味があるのではないかと最近特に思うようになった。

 

男性なら何かで見返してやろうとか、女性なら私にはわからないが…何かがあるのだと思う。

 

でも部下と家族はまったく目的も違うから似て非なるものだと理解もしてる。正直言って赤の他人を褒める方が実は楽だしね。

 

子供の場合は「褒める=正しい」わけだからさ。一貫性を持たないといけないし、親が気分で褒めたり怒っちゃいけないしね。

 

大きくなって父親の偉大さに感謝

思い返せば私が社会にでて働き出し幾年か経つと、親の「特に父親」の苦労がとても身に染みた。言葉でいえぬ感謝が心から湧き出た。

 

もちろん「母親」にはそれより以前に感謝はしていたが「父親」に対してはその母親への気持ちよりも小さかったのは事実だった。

 

自分が働き出し「父親の苦労を知った時」これ程までの苦労の末、自分を育て上げてくれた事を感謝した。自分の子供達はそんな事を私に思ってくれるだろうか?

 

衣食足りて礼節を知る

大人になれば特に男性は「金を稼ぐ」ということがとても大事になってくる。だけども金だけを見ていたら子供の心には何も届かない。

 

しかし金がなければ子供の情操教育すらも出来ないかもしれない。やはりことわざには良い言葉が多い。

 

「衣食足りて礼節を知る」

 

「ありがとう」も「ごめんなさい」も「こんにちは」もあらゆる礼儀には物質の不自由がなくなった時に本当に起こるのかもしれない。

 

金持ちケンカせず

これにつながる「金持ちケンカせず」という言葉もある。人生は難しい。そう言えば私も随分とほめて貰ってないなと改めて思い返す。もちろん仕事と云う部分ではあると言えば在るのかもしれない。

 

そのような事ではなくて単純に「凄いね」とか学生時代の友人達と遊んだ時のワクワクしながらも「お互いを褒め称えるような」そんな事が無くなった。

 

金が絡まない部分で「褒めて貰える」なかなか大人になると無いな… 褒めて欲しいな大人も

 

特にブログの記事にするつもりでもなんでもなかったが、少し気付いたので自分用の備忘録としてこの気持ちを忘れないでおこう。

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